狭山池の歴史

築造の謎が明らかに

平成の改修が行われた狭山池では、工事と並行して総合的な学術調査が行われました。日本最古のため池である狭山池には、たくさんの埋蔵文化財が眠っていることが知られ、それらの発見に大きな期待が寄せられていました。また、実際に見つかった遺構や遺物のかずかずは、当初の予想を大きく上回るものでした。
中でも注目を集めたのが北堤下から見つかった「東樋(ひがしひ)」です。樋というのは池から水を取る設備のことで、狭山池には、慶長13年(1608年)の改修の際に西樋、中樋、東樋の3つの樋が設置されたことがわかっていました。しかし、東樋は敷設後間もなく土砂に埋もれてしまったために、その行方が400年もの間わからなくなっていました。
東樋の下からは、時代の異なる樋(下層東樋)が見つかりました。下層東樋は狭山池が築造された当初に設置された古代の樋で、使われている木材の年代測定の結果、西暦616年ごろに伐採されたものであることもわかりました。それは狭山池が築造された時期を示すもので、それまで狭山池がつくられた時代は謎だっただけに、池の歴史を解き明かす大発見になりました。この調査で見つかった樋と、鎌倉時代に重源が狭山池の改修に関わったことが記された「重源狭山池改修樋」は平成26年(2014年)に国の重要文化財に指定され、現在は狭山池博物館で展示・保存されています。

平成27年(2015年)3月10日に狭山池が国の史跡に指定

現存するわが国最古のダム式ため池である狭山池は、「古事記」や「日本書紀」にも登場し、奈良時代には行基、鎌倉時代には重源、江戸時代には片桐且元といった歴史上の人物が指揮をとり、当時の最新技術を駆使して、改修がおこなわれてきました。

狭山池は、水下や地域の多くの人びとの惜しみない努力によって、1400年もの間守り伝えられてきた文化遺産で、歴史的・学術的価値の高いものと評価を受けました。

かんがい・治水

市域の1割を占める水面

雨が比較的少ないこの地方では、農業に必要な水を確保するために、古代からたくさんのため池がつくられてきました。大阪府内には、今でも約1万1,000のため池があると言われています。都道府県の面積では全国で2番目に小さい大阪府ですが、池の数では5位と上位に付けています。大阪府は全国でも有数のため池密集地なのです。
その中にある大阪狭山市もまた、ため池が多い地域の一つに挙げることができます。都市化の影響でその数は減りつつあるというものの、今もなお市内には多くのため池があります。それらの面積を合計し、さらに西除(にしよけ)川や東除(ひがしよけ)川などの河川の面積を加えると、水面がまちの面積に占める割合はおよそ1割にもなります。
「水面のある風景」は、大阪狭山市に暮らす私たちにとって生活の一部であり、最も身近な風景の一つと言えます。

大地を潤し続ける池

大阪狭山市内に数あるため池の中で、最も広い面積を誇っているのが狭山池です。その歴史は古く、築造は7世紀前半にさかのぼります。『古事記』や『日本書紀』にも登場し、現存するものとしては国内最古のため池です。
その狭山池は、長い歴史の中で幾度も改修が繰り返されてきました。奈良時代の行基(ぎょうき)や鎌倉時代の重源(ちょうげん)、安土桃山時代の片桐且元(かたぎり・かつもと)など、歴史上著名な人物が数多く池の改修にかかわってきました。また、各時代の最先端の土木技術を用いて改修工事が行われていたことも、最近の調査で明らかになってきました。狭山池がこの地域にとっていかに重要な池だったかは、こうした史実からも読み解くことができます。
狭山池は灌漑(かんがい)用のため池としてはもちろん、風光明媚な池としても知られていました。『枕草子』に「さ山の池」という記述が登場するのをはじめ、これまでに多くの歌や絵の題材にもなってきました。その美しさは今日にも受け継がれ、昭和16年(1941年)には大阪府の「史跡・名勝」第1号に指定されています。
1,400年という長い歴史を持ちながら、今なお流域の田畑を潤し続ける狭山池は、まさに大阪狭山市のシンボルにふさわしいため池です。

平成の大改修

その狭山池で、池の歴史始まって以来最大規模の改修工事が大阪府によって行われました。「平成の改修」と呼ばれるこの工事で、それまで主に灌漑(かんがい)用のため池として利用されていた狭山池が、洪水を調節する機能を持った治水ダムに生まれ変わりました。
狭山池から流れ出る川の下流域では、都市化の影響で、水田やため池だったところが、近年次々と宅地や道路へと姿を変えていきました。その結果、それまで大地が持っていた水を蓄える力が低下し、たびたび水害が起こるようになりました。特に昭和57年(1982年)8月の台風10号がもたらした大雨では、狭山池下流の西除川が氾濫し、松原市などで3,000戸以上の家屋が浸水する大きな被害になりました。
狭山池のダム化工事は、この水害をきっかけに具体化したもので、昭和61年(1986年)から足かけ16年の歳月と総事業費447億円をかけて、平成13年3月に完了しました。

「かんがい施設遺産」に登録

平成26年(2014年)9月16日、狭山池が、かんがい施設の歴史的・社会的価値の顕彰や保全、活用を目的に創設された国際かんがい排水委員会(ICID)の「かんがい施設遺産」に登録されました。

狭山池のかんがい施設としての1400年の歴史は世界的にも大変貴重で、登録基準を十分に満たしているとの評価を受けました。

「国際水圏環境工学会アジア・太平洋地域部会水遺産賞」を受賞

令和2年(2020年)、「国際水圏環境工学会アジア・太平洋地域部会水遺産賞」を日本で初めて受賞しました。この賞は、国際水圏環境工学会アジア・太平洋地域部会により恒久的かつ国際的に重要と認められる水施設に対して授与するため平成28年(2016年)に創設されたもので、今回の受賞は、以下について評価されたものです。
◆インド・スリランカから中国・韓国経由で仏教とともに伝来した「ため池文化」の帰着点としての文化的価値
◆ため池の水を取水する「東樋・中樋・西樋」などの築造当時の施設の技術の先駆性
◆親池(狭山池)から子池、孫池に水を分配する「連珠式」導水システム

狭山池の自然

よみがえる桜の名所

狭山池はさくらの名所としても知られていました。北堤のさくら並木は特に美しく、毎年春にはたくさんの人が花見に訪れていました。
その狭山池を「さくらの名所」として復活させようと、池や博物館の周辺におよそ1,300本が植樹されました。
さくらというとソメイヨシノを連想しますが、狭山池に植えられたのは主にコシノヒガンという種類で、ソメイヨシノよりも開花時期が早いのが特徴です。3月下旬には大阪で最も早く見ごろを迎え、満開のさくらの下でたくさんの人がお花見を楽しみます。
狭山池は平成の改修工事を終えたことで、大きな節目を迎えました。
先人たちによって守り伝えられた狭山池は、1,400年の歴史に育まれた文化のうえに新しいページを刻みながら、また次の時代へと受け継がれてゆきます。

蝶の森

「狭山池さくら満開委員会」によって、狭山池公園の中につくられたバタフライガーデン。バタフライガーデンとは、蝶が吸蜜する花や、産卵・生育するための食餌植物を植樹した庭のことです。現在、花の咲く吸蜜植物が18種類330本、蝶の食餌植物29種類235本が植えられており、年間を通じて40種類の蝶が観察できます。バタフライガーデンには、四季それぞれ彩り豊かな花が咲き、年間を通じてたくさんの蝶が舞い、狭山池公園を散策する人たちの憩いの場所であり、子どもたちの自然環境教育の場所になっています。

狭山池バタフライガーデン

生きものの楽園

市民の憩いの場である狭山池は、同時に野鳥や水生生物など、生きものの楽園でもあります。改修が行われる前の狭山池は、たくさんの野鳥が訪れる池として知られ、バードウォッチングに訪れる人も少なくありませんでした。
平成の改修では、こうした生きものや環境への配慮から、池の南側に干潟が設けられたり、池の中央に水を循環する装置が設置されたりしました。
そうした努力の甲斐あって、工事中は一時期姿を消していた野鳥たちも、最近は少しずつ戻ってきています。カルガモやケリ、セグロセキレイなど、今では50種類を超える野鳥が観察されるまでになりました。また、アマサギやキンクロハジロ、セッカといった珍しい野鳥も訪れています。

 

狭山池の野鳥たち

コミュニケーション

市民の憩いの場

公園として整備された狭山池の周囲には、1周約2,850メートルの周遊路が設けられています。ゆっくり歩いても1時間足らずで一周できるため、散歩やウォーキングコースとしてよく利用されています。満々と水をたたえる狭山池や、大阪市内まで一望できる北堤からのながめは素晴らしく、新しい憩いの場として人気が高まっています。
隣接する狭山池博物館は、世界的に有名な建築家、安藤忠雄さんの設計によるもので、狭山池との一体感や水をイメージした建物が、まちの新しいランドマークにもなっています。

 

狭山池取水塔を眺める狭山池公園遊歩道が
第2回ビュースポットおおさかに選定されました

ビュースポットおおさか発掘・発信プロジェクトとは
大阪府は、世界に誇れる大阪の魅力ある景観、きらりと光る個性豊かで多彩な景観を美しく眺めることのできる場所を発掘し、「ビュースポットおおさか」として選定しています。ビュースポットを広く発信することで府域全体の良好な景観形成を推進する取り組みです。

ビュースポット説明用


ビュースポット 「狭山池取水塔を眺める狭山池公園遊歩道」

ここから見える取水塔は、狭山池のシンボルとなっており、堤に植えられた桜をバックに、季節ごとに様々な表情を見せてくれます。

狭山池取水塔を眺める 狭山池公園遊歩道

取水塔と夕日を眺める

関連スポット1 「取水塔と夕日を眺める」

北東の堤から夕日を眺めると、取水塔のシルエットが夕日に浮かび上がります。
春には夕日と桜の撮影に多くのカメラマンが訪れます。

水面に映る朝日を眺める

関連スポット2 「水面に映る朝日を眺める」

毎年、元旦には北堤に初日の出を目当てに多くの人が集まります。
龍神社の背後から昇る朝日はとても幻想的で、ため息が出る美しさです。

ビュースポットおおさか発掘・発信プロジェクト

狭山池博物館

ようこそ、狭山池博物館へ

狭山池は、飛鳥時代(西暦616年ごろ)に誕生した日本最古のダム形式のため池です。狭山池の改修には、奈良時代の行基、鎌倉時代の重源、江戸時代の片桐且元など歴史上の有名な人物がたずさわってきました。1400年の歴史が重なる堤、水を取り出す樋、堤の滑りを防ぐ木製枠工などの文化遺産には、各時代の知恵と工夫が活かされていました。
狭山池博物館は、このような貴重な文化遺産を未来に継承し、古代からの人々の暮らしに深くかかわってきた「治水」、「かんがい」と土地開発の歴史を、現地から移築した文化遺産を中心に、映像や模型などを使い、わかりやすく紹介します。

 

開館20周年を迎えて

平成21年(2009年)に大阪府・大阪狭山市・市民の三者協働運営が始まり、多くの関係者や地域の皆さんに支えられ、開館20周年を迎えました。これからも狭山池まつり実行委員会、博物館ボランティアをはじめ、博物館活動に関わる皆さんと共に、すべての世代が気軽に訪れる、地域に根差した開かれた施設となるよう取り組みを進めています。