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きっと楽しい 大阪狭山を満喫しよう!

狭山池

狭山池は、今から1400年前につくられた、現存するわが国最古のダム式ため池です。『古事記』や『日本書紀』にもその名が登場し、奈良時代には行基、鎌倉時代には重源、江戸時代には片桐且元が指揮をとり、当時の最新技術を駆使して改修しました。狭山池は、水下や地域の多くの人びとの惜しみない努力によって、1400年もの間守り伝えられてきた、大切な文化遺産です。

水面のある風景-狭山池ガイド

大阪狭山の自然

狭山池は、古くから人々の暮らしに恩恵を与えてきただけでなく、多くのいきものの生息場にもなっています。魚類等の水生生物はもちろんのこと、水鳥の楽園としても知られ、バードウォッチに訪れる人も少なくありません。
平成の大改修以降は、さくらの名所として復活し、バタフライガーデンにはたくさんの蝶が訪れます。狭山池の自然の美しさは、市民の皆さんの継続的な努力により育まれたものなのです。

2017年狭山池さくら開花情報

狭山池バタフライガーデン

狭山池の野鳥たち

日本の歴史公園100選

大阪狭山の歴史

日本最古のダム式ため池の狭山池を市域の中央に擁し、金剛山・葛城山を望む、水と緑の豊かなまちです。古代には、狭山池が築造され、行基の活動拠点となります。中世には、狭山荘が営まれ、重源が狭山池を改修し、池尻城・半田城の攻防戦で楠木正成らが活躍します。近世には、北条氏が狭山藩陣屋を構え、地域文化の拠点となります。明治22年に狭山村と三都村ができ、合併後の狭山村・狭山町を経て、昭和62年に市になりました。

大阪狭山の歴史

大阪狭山市内の文化財

大阪狭山市と韓国金堤市が「親善及び相互協力意向書」を締結しました。

狭山池出土品が国の重要文化財に指定されました

市立郷土資料館

大阪府立狭山池博物館